すってははく移ろいの中で

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篠山で茅葺きを覆うトタン(この状態を業界用語?で缶詰というらしい)をめくり本来の茅葺きに戻すという面白い取り組みが行われているので、見学に行ってきた。
何十年ぶりなのだろう、お陽さまにあたり風を受けた屋根は久々に、大きなあくびをして目を擦りながら気持ち良さそうに伸びをして深呼吸をして「あぁ、久しぶりだね、元気にやってたかい?」って言っている様に思えた。
そして、「俺はぼちぼち土に帰りたいなぁ」と言ったり「久々に君らの暮らしぶりを見てみるのが楽しみだなぁ」と言ったりしている屋根に「いまここにある」安心を覚えた。
自然は移ろう、僕らの命も全て含めて。
生活を支える屋根も移ろっていく。
その「移ろっていく」というなかに、今ここに僕らが生きている重力や安心感としての対話、救いのようなものがある様に思う。
「僕らは今ここに生きている。でも、実感・実存として僕らは今どこに生きているんだと思っている?」
その答えは自然と、それを基礎においた人とどれだけ関わり交わっているのか、というところなのではないかと思っている。

全ての命は命と交じりあいながら、命にかえりたく想っているのだ。

(ken)
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by perculkansai_ougo | 2013-01-10 01:15