ギャザリング2011 in kobe 2日目の報告

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ということで、ながい夜のあとの眠りのあとでギャザリング2日目の始まりです。
2日目の朝食のために、夜遅くまで(朝早くまで)100名余りのおにぎり等をキッチンスタッフを始め、多くの方に好意で一緒に握って頂けました。
いつもそうですが、このあたりが集う皆さんの素晴らしいところであり才能だと感じます。頼まれたからするのではなく、自主的に、夜遅いにも関わらず、作業すること自体が楽しそう。皆で一つのことを成していく過程そのものが自然体で心地いいものでした。
私といえば、それを時折、右斜め70度の角度で心地よく眺めながら、やはり自然体で他の皆さんと交流を深めさせていただいていました〜、おにぎりを作っていただいた皆様には感謝感謝です、ありがとうございました〜。

さて、そんな愛情溢れる朝食はPCKの母屋に人が立ち代わりながらも一度に80名程が集い、膝を寄せ合い、とっても美味しく(ホントに)美味しく朝食を頂きました。朝食の心地よさとは別に危ういカ所もある母屋の床が抜けないか、ちょっぴり心配はありましたが、無事に畳の上に座ったままで朝食。よかったよかった。
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朝食後は、淡河や周辺を知っていただくツアー。
・日本最古の民家である室町時代の「箱木千年屋」
 (茅葺き職人イクヤ君と日本が誇る木造構造設計士サチベイの案内)
・渓谷美しい「不動の滝」(PCK実習コースの森林についての舞台でもありました)
・淡河の不思議散策
 (キヨさんチョイスで、名も無き奇想天外パーマカルチャリストの作品も見れたはず)
以上の3つに皆さん興味がそそられるままに参加していただきました。

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私は不動の滝だったので、他のツアーがどんなだったか分かりませんが、箱木千年屋はそのうち必ず訪れようと思っています。この民家は呑吐ダム、衝原湖が建設され集落が湖底へ沈むにあたって移設されたもの。移設される前の風貌を見ていないので、その風格がどう変わったか分かりませんが、木造構造設計スペシャリストのサチベイ曰く、建造物が重量文化財として移設される際には原点回帰する傾向があるようで、ある意味、室町の代の様式をそのまま見せてくれそうです。
どちらにしても、千年以上まえの人の営みが今に残っている。その技術と過程は計り知れません。それは、お寺ではなく民家ですから。イクヤ君曰く、雨の日の箱木千年屋が風情溢れて素敵だとか。

淡河の不思議散策の一つ、淡河城跡の近くにある農地にたたずむ構築物が2つあり。一つは集水&給水システムだと判明(勝手な認定ですが)。でも、もう一つが未だに不明。その作者に問わなければきっといつまでも不明のままでしょう。
そういえば、サクラの咲く季節、デザインコースの第1回目「自然を読む」の中で淡河の自然散策に出かけたときの写真がありました。アップでどうぞ。手前が集水&給水システム、そしてその奥にそびえるクルクル回る四つの羽根?のついた物体… その羽根の先には漏斗を横向きに付けたようなものが取り付けてありました。
散水システム?いえいえ、それには配水ホースが取り付けられません。しかも回っているのは風が強く吹いたときだけ。風力発電システム?いえいえ、そんな羽根の形状では不効率にもほどがあります。
作者に是非問いただしたい。きっとその方は天才。まぁ、どちらにしても手作り感溢れる集水&給水システムを作られた方、近くにある素材で工夫してシステムを作り上げる創造力と実行力は見習いたいものです。this is permaculture ! です。
だれか、このクルクル回るものが何か解明できる方はお知らせください。心よりお待ちしています。
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不動の滝は美しい渓谷です。小さな滝と滝壺が幾重にも重なっていて、それらが空気中の酸素を溶かし込み、水質は美しさを増していきます。不動の滝は写真にあるものですが(この写真の滝よりも実際は滝姿が美しい)、その上に通じる道を辿れば、滝の上に出ます。この沢の最初の一滴である地点まで行こうと、最初に訪れた時に結構辿っていきましたが、この山は深く、その時はタイムアップ。ここもそのうち行きたいところ。淡河はそんな深いところが色々とあり魅力的な場所です。
この日は第4日曜日で、毎月この日には護摩を焚き加持祈祷が行なわれています。タイミングよく居合わせて、本物のホラ貝のねを聞くことができました。
朝に滝を訪れて1日の始まりを皆さんとリフレッシュさせていただきました。

その後、それぞれ公会堂に戻り、ワールドカフェスタイルでのワークショップ。
「新しい日本のデザイン」ということで、
・エネルギー
・食と農、健康
・建築とエコビレッジ
・子供と教育
・経済
・社会
というテーマのもと、関西各地で活躍中の方々をパネラーとしてお迎えして、プレゼンしていただき、これから私たちが進むべき方向を皆でディスカッションしました。
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テーマごとに集まった一人一人の意見を交換するのはとても刺激的でした。皆さんリアルな気持ちを語ってくれました。ひとしきり話したあと、お昼は「エンディングクッキング」として主催者側はもとより参加者が手作りしてきた色んな食べ物、飲み物でお昼ご飯。いろんな物販もあり活気がみなぎっていて気持ちいいお昼ご飯でした。こういう機会を今後ももっていきたいです。それぞれのエネルギーがクルクル回り交差し合うエネルギーの交換。
お金は資本主義的な一方通行の搾取による富の享受という形態が不健全なだけで、地域通貨が代表するような地域、コミュニティの中で循環するエネルギー交換の道具であれば、それはとても便利なものであり、本来の意味で私たちの生活を潤してくれるものだと思います。
そんなこんな経済の場が一つ一つ育まれていくことを心に願っています。
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こんな、気持ちのいい昼食ののち、「オープンディスカッション」でそれぞれのテーマでグループごとに話し合われた内容をもとにしてのキーワードが挙げられていきました。
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沢山の素敵なキーワードがありました。
その中で、今パッと思い浮かんで来るのは「子供は嫌なことを考えず、いつも喜びを求めている」という様なものがありました(あってるかな?)。
嫌なことはしない。それは正しい。嫌だからやらない、という言葉の中にはなんだか不道徳さが滲んでいる感があるけど、そうではない。嫌なことはやる必要は無い。嫌なことと、やるべきこととは違う。やるべきことは、しんどくても、キツくてもやるべきことだ。やるべきことをやらないというのは違う。嫌と思うことでもやるべきことだとすれば、やる必要がある。やるべきことはやるのだ。でも、嫌なことはやってはいけない。嫌なのは、それよりもやるべきことがあると分かっているから嫌なのだ。だから、やるべきことをやろう。その時はキツくてもしんどくても、最善を尽くそう。
その点、上の言葉を受けると、子供は偉いなと思う。嫌なことは考えないのだ。それは、ポジティブという言葉以上の力強さがある。それは真っ直ぐに前を見て本能的に求め進んでいる。もちろん、無邪気な態度だけでは世の中渡れないし、大人になってもそれが許されるのは極めてごく一部の天才だけだと思う。
でも、可能な限り夢を見てそれを追おうじゃないか。思い描けるだけの理想を描き現実に近づけようじゃないか。ええじゃないか、ええじゃないか〜。
決して投げやりな「ええじゃないか〜」ではなく、ここいらで全体性を個人の中に取り込み、その全体性の全てを個人のできる限りの生き様でさらけ出してもええじゃないか〜。
幕藩体制に終止符を打った明治維新はそれとして、一民衆の精神構造の変革としての「ええじゃないか」。それこそが今まさに必要であり、今こそがそれを声高に叫ぶ時。確かに時代は変わりつつある。以前の世界をへて、この希有な時代を生きれることを嬉しく思う。
やるべきことを行おう。キツいときも、しんどいときも、喜びのときも合わせもって。
「ええじゃないか onece more」

最後になりましたが、関係者の皆様、参加者の皆様、見守っていただいた皆様、これからもこういった皆の力が集う様な機会をもっていければと思います。それには、皆様のチカラが集わなければ成せません。私たちのチカラを合わせていい未来を現実にしていきましょう。
現実に見て感じて、それを享受できる様に、皆がそれぞれの場所でおこない、またそれを合わせて心地よくいきづかせましょう。ひとりひとりのやり方でそれを行えば、それは日常が形成してくれるはずですから。

(ken)
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by perculkansai_ougo | 2011-09-15 01:50