茅葺き屋根裏

ただ今、淡河はミゾレ。夜中過ぎには雪に変わるでしょうか。地面はうっすら雪が積もっています。春の様な近頃の日中から、また、冬に。三寒四温でしょうか。
そんな中、淡河の最近は掃除、片付け、整理です。母屋と離れの間にあったいろんな物を片付け、スッキリ。次いで、母屋の屋根裏。
屋根裏には、アオダイショウ? まっくろくろすけ?
いえいえ、大量の柴と茅、麦わらでした。
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それらを降ろし、片付けていきます。
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柴は離れの木戸へ。
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藁は牛小屋へ。
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そして、屋根裏の床に積もっていた藁や大量の埃をあらかた集めて掃除しました。
今後、この空間をどの様にするか。しっかり掃除し、開口部を設けるなど換気し、床をはれば、10人程が宿泊できそうです。はたまた、他の使い方も。
ちなみに、床がどうなっているかと言うと、梁(はり)の間に渡された角材や丸竹に重ねて割り竹が敷き詰められ、その上に筵(むしろ)が敷いてありました。

これだけの柴と藁を山や田から刈り出し、運んだ時間と労力は大変なものだっただろう。だけど、それは日常の中に組み込まれ、日々の中での当然のこととして、季節の移ろいとともにある。そういう暮らしを包み込む世界の中で生きていたんだろうな。
柴は煮炊きや湯沸かしに使い、藁は屋根の葺き替えや畑、また日用品として加工し使っていたんだろうな。
私のお爺さんお婆さんが時として話す中にそんな話がある。
つい数十年前から過去、数千年続いていた暮らし。

屋根裏での感想は、空間全てが自然の中だということ。
茅を束ね藁で編んだ屋根、竹と木で組んだ家の構造、その上に柴と藁が山のようにあり、下にはまた真っ黒になった木と竹の床と藁で編んだ筵。
木と藁と竹と土のみで構成された地上空間。
目を閉じて想像を膨らませば、つい数十年前の里地里山文化の中。
地域の自然環境と一体になり繋がりながら生きていた、そんなありありとした生活のエッセンスを現代の生活の中で新しい息吹とともに創っていきたいな、と。屋根裏掃除で垣間見たが、鼻の中まで煤で真っ黒というのが、目の前で起こったことだった。
どんどん綺麗になるなかで、春から新たな仲間を迎え入れたい。そんな思いです。

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Commented by makimaki at 2011-02-16 10:17 x
屋根裏は昔は大切な収納場所、作業場だったですね。どれくらい前に運び込まれたものだのでしょう。自然からのお裾分けで、人が暮らしていたということ、思い出したいです。
昨日、埼玉県の小川町で伝統的な方法での紙すきの現場にお邪魔してきました。
日本にある、自然なものだけで行われていた作業を、今甦らせようと、がんばっておられます。小川町では若者の後継者が一人、という現実。ニーズを作らないと、技術もすたれます。
大事にしたいことが山のようにありますね。
Commented by perculkansai_ougo at 2011-02-27 23:29
makimakiさん

屋根裏の柴と藁、いつのものなのでしょうね。この家自体は80年とかそれ以上前のもののようです。私の親が子どもの頃は、柴を使って調理や風呂を炊いていたそうで、手伝った話しを聞きます。ですので、50年、60年前のものではないかと思います。
今日、弓削牧場でのセミナーハウス建築作業で、竹子舞いを編みました。サンプルとして、淡河で壁を抜いた時に出て来た竹子舞いを持っていきました。
何がいいって、柴や藁にしても、竹子舞いにしても、その時の人の営みや作った人の息づかいが感じられることです。
柴や藁の重ね方、結わえ方、竹子舞いの編み方、その中に確かに、人がそこで自分達の生活を自分達で支えていたのだという、証明をしてくれているのが、何とも味わい深い。
僕らも、そういう風に次の世代に味わってもらいたいな、そう思います。
コメントありがとうございます。またよろしくお願いします。
by perculkansai_ougo | 2011-02-11 00:52 | Comments(2)

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