「渡し」としての「私」

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パーマカルチャー:永続的な文化。
永続的ってどんなものだろう?それは、地球上の全ての生命が活き活きと生きていること。生まれつづけ、繰り返し、めぐり続けるということ。
生命は個々の姿をもちつつも根っこのところで一つに繋がっている。今、地球上に生きるすべての生き物の間でもそうだし、先祖から子孫への時間軸の中でもそう。そして、生命はよくもわるくも影響を与え合う。

だから「私」は「渡し」でもある。

今ここに生きるすべての生命の「私」はそんな関係性の中で、それぞれ息づいている。だから「私」を輝かせることは、他の生命がより生き生きと息づく世界をつくることに繋がる。

でも「私」一人だけでは輝けない。

それは自然との関係、人々との関係、そして「渡し」としての自分自身との関係があってこそ。生活の中に太陽から発する無限の力を元にした土、水、風、樹草、石、動物、微生物などと関わりをもち、生きる場と糧を育み育まれ、自然の恩恵を得てまた与える。そんな人間の活動を見れば、精神の活動も生命の大きな部分。その精神の生命力を活き活きと息づかせるのは、自発(自主)性とか創造(想像)性だと思う。
暮らしの場や環境をあなた自身の中にもともと備わっている自発性や創造性で自分色に整え、共に生きていく人々と関わり合い、より豊で美しい生活の場と暮らしを、そして世界を築いていくこと。

「渡し」として「私」を感じ生きることが、文化というものがもつ最大の恩恵だと思う。
そういう在り方として生きるとき、「私」は切り離された自分一人という小さな存在を超え、地球上の生きとし生けるもの、これまで生きてきたものとこれから生まれいずるもの、そのすべての中の「渡し」として繋がりを実感し、生きる安らぎと喜びを得ることができるのだと思う。 (ken)
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by perculkansai_ougo | 2010-12-17 00:49